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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)138号 判決

(争いのない事実)

一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件特許発明の要旨及び本件審決理由の要点並びに第一引用例及び第二引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載があることは、本件当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告は、本件審決が本件特許発明と第一引用例との対比判断及び本件特許発明の効果の判断に当たり、その認定ないし判断を誤り、ひいて、本件特許発明をもつて第一引用例及び第二引用例から容易に発明しうるとの誤つた結論を導いた旨主張するが、本件審決の認定ないし判断は正当であり、原告の主張は理由がないものといわざるをえない。すなわち、

1 原告は、まず、第一引用例は本件特許発明と対象化合物を異にし、第一引用例の反応様式を本件特許発明に適用することは、当業者の容易に想到しうるものではない旨主張する。よつて審究するに、前示本件特許発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)を総合すると、本件特許発明は、アルキル化芳香族炭化水素の脱水素方法(特にエチルベンゼンからスチレンへの脱水素転化)に関するものであつて、その発明の目的は、反応物を最終生成物に転化する場合に収量の損失をなくし、転化率を増大せしめることであり、前示本件特許発明の要旨のとおりの方法(本件特許明細書の特許請求の範囲の記載と同じ。)を採ることにより、強烈な吸熱反応であるアルキル化芳香族炭化水素の脱水素に当たり、反応器に供給するアルキル化芳香族炭化水素と蒸気との混合物の温度を反応に適する温度に維持して各反応器に導入するようにして、その目的を達し、収率を約三八%から約五〇%に増大させたものであることが認められるところ、他方、前示当事者間に争いのない第一引用例の記載内容に成立に争いのない甲第五号証(第一引用例)を総合すると、第一引用例は、炭化水素を触媒により分解(クラツキング)、脱水素、再生等を行う場合、これらの反応は吸熱反応であるから、高い転化率を保ち、収率を低下せしめないようにするには、反応器に供給する熱担体気体の温度条件を常に反応に最適な温度範囲に維持することを必要とするところ、その解決手段の提供を目的としたものであり、その方法として、熱担体気体の導入により反応熱を供給しつつ、触媒の存在下に反応を行う様式の吸熱反応において、原料の流れに対して直列に接続されている複数個の触媒床に熱担体気体を並列的に各触媒床に導入する反応熱供給手段を開示したものであることを認めることができる。叙上認定したところによると、本件特許発明と第一引用例とは、いずれも生起する化学反応は脱水素反応であり、吸熱反応であること、触媒床に供給する熱担体気体の温度を反応条件に最適の温度に維持し、収率の向上を図ることを目的としていること、及びその目的達成の手段である反応熱供給手段において全く一致するものということができる。ただ、両者は、原告主張のとおり対象化合物を異にするけれども、第一引用例の対象とする炭化水素は本件特許発明の対象であるアルキル化芳香族炭化水素の上位概念であり、殊に本件特許発明で扱うエチルベンゼン及びスチレン(スチロール)が炭化水素の極めて普通のものに属すること(このことは弁論の全趣旨に徴し明らかである。)及び前示当事者間に争いのない第二引用例の記載内容(アルキル化芳香族炭化水素であるエチルベンゼンの脱水素方法に関する従来公知の方法)に前叙本件特許発明と第一引用例との一致点を総合勘案すると、一般の炭化水素の脱水素反応に応用される叙上第一引用例の手段を従来公知のアルキル化芳香族炭化水素の脱水素方法に用いることは、当業者が容易に想到しうるものとみるのが相当である。したがつて、原告の叙上主張は、採用することができない。

2 原告は、本件特許発明は、触媒床において副生成物が発生することを避けるため、第二反応器以降の触媒床を第一反応器の触媒床と同じ容量とすることを必須の要件とするものであり、この点において第一引用例とは異なる特定の反応条件を選択したものである旨主張するが、前掲甲第二号証によると、本件特許明細書には、反応器の容量につき原告主張のように限定的に解すべき何らの根拠もないから(明細書添附の図面から原告主張のように解することは、到底できない。)この点をもつて、本件特許発明の要件と認めることはできず、したがつて、これを前提とする原告の右主張は失当というほかない。

また、原告は、本件特許発明の収率増大は顕著であるが、第一引用例を応用した場合に同一の効果は得られない旨主張する。しかし、右原告の主張は、本件特許発明において各反応器の容積が同じであることを前提にしての主張であることはその主張自体に照らし明らかであるところ、右前提事実の認め難いことは前説示のとおりである。のみならず、原告自認に係る、アルキル化芳香族炭化水素の脱水素反応においては、熱分解反応が生起するため、触媒床の入口温度をある程度以上に高めることができず、それゆえ一時に水蒸気を導入する限り一定量以上の反応熱を供給することができないから、従来法においては転化率をある程度以上に高めることができなかつたとの事実に前認定の第一引用例に開示された技術思想を総合すると、本件特許発明の方法による収率増大の効果は、前示第二引用例の従来法に第一引用例の方法を用いることにより当然に奏しうる効果と認められ、当業者が予測しうる効果の範囲を出ないものとみるべきである。したがつて、原告の右主張も採用しうる限りではない。

(むすび)

三 叙上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。

よつて、これを棄却することとする。

〔編註〕 本件における特許発明の要旨および審決理由の要点は左のとおりである。

本件特許発明の要旨

直列に操作しうる複数の接触脱水素反応器又は触媒床に存在する蒸気中に供給するアルキル化芳香族炭化水素を脱水素するために、一個の反応器からの流出物を次の反応器中に導入し、アルキル化芳香族炭化水素の最初の量の一部分を各反応器中で脱水素する脱水素方法に当たり、各反応器に導入する前に添加すべき蒸気の全量を複数の反応器に分配するように予定蒸気全量の数分の一のみを供給する前記アルキル化芳香族炭化水素に添加することを特徴とするアルキル化芳香族炭化水素の脱水素方法。

本件審決理由の要点

本件特許発明の要旨は、前項掲記のとおりと認められるところ、本件特許出願前頒布に係る英国特許第六〇四、四三二号明細書(以下「第一引用例」という。)には、熱担体気体の導入により反応熱を供給しつつ触媒の存在下に反応を行うという様式の吸熱反応において、原料の流れに対して直列に接続されている複数個の触媒床に熱担体気体を並列的に分割導入する反応熱供給手段が記載され、また、同じく本件特許出願前頒布に係る「ザ・サイエンス・オブ・ペトロリウム」第五巻第二部(プルツクスーダンスタン共編、オツクスフオード・ユニバーシテイ・プレス、一九五二年、第五一頁及び第五二頁)(以下「第二引用例」という。)には、典型的なアルキル化芳香族炭化水素であるエチルベンゼンの脱水素反応を、熱担体気体としての水蒸気の導入によつて触媒の存在下に反応を行うという様式によつて行う方法が記載されている。本件特許発明と第一引用例とを対比するに、反応熱供給手段において両者は一致し、第一引用例には、該反応熱供給手段をアルキル化芳香族炭化水素の脱水素反応に適用することの具体的記載はないが、該反応熱供給手段が適用される触媒の存在下に熱担体気体を導入して反応を行うという反応様式は第二引用例記載の方法の反応様式(これはまた、熱担体気体として水蒸気を用いることをも含めて本件特許発明のそれと一致している。)と一致するから、本件特許発明において、第二引用例記載のアルキル化芳香族炭化水素の脱水素反応に、これと反応様式を同じくする第一引用例記載の方法の反応熱供給手段を適用したことは、当業者であれば容易に想到しうるところと認められる。次に、本件特許発明の効果について検討するに、本件特許発明においては、水蒸気を分割導入することによつて一時に水蒸気を導入する従来法に比し、収率を低下させることなく転化率を向上させえたことは認められるが、アルキル化芳香族炭化水素の脱水素反応においては、熱分解反応が生起するために触媒床の入口温度をある程度以上高めることができず、それゆえ、一時に水蒸気を導入する限り一定量以上の反応熱を供給することはできないから、従来法においては転化率をある程度以上高めることができないに対し、水蒸気を分割使用するときは、吸熱反応の進行に伴つて、もはや反応が進行しなくなる程に低下した反応混合物の温度を次の触媒床入口において再び高めることができ、それによつて再び反応が進行するから、転化率が高められ、また、この場合、触媒床入口の温度を必要以上に高めないでよいから、収率にさほど影響がないことは明らかであり、このような効果は、第一引用例記載の方法においても、当然奏せられているものと認められる。したがつて、本件特許発明において、水蒸気を分割導入することの効果は、当業者であれば当然に予測しうることというほかない。なお、被請求人(原告)は、炭化水素油のクラツキング以外には具体的に開示するところのない第一引用例記載の方法をクラツキングとは反応条件の異なるアルキル化芳香族炭化水素の脱水素に適用することは当業者といえども容易に想到しえないと主張するが、第一引用例及び第二引用例記載の方法並びに本件特許発明の方法において、反応様式が共通していることは前説示のとおりであり、対象化合物を異にする反応において、触媒の種類、反応温度、供給すべき熱量(熱担体気体の量)などの反応条件が異なるのはむしろ当然である。しかも、本件特許明細書の特許請求の範囲には、上記反応条件について何ら規定するところがないから、上記反応条件は第二引用例に記載されているような従来法の反応条件の範囲を出ないものと解するほかない。してみれば、本件特許発明の方法は、その反応条件において、第二引用例記載のアルキル化芳香族炭化水素の脱水素の従来法の反応条件を踏襲し、これに反応様式を同じくする第一引用例記載の反応供給手段を適用したにすぎないものと認めるべきである。また、被請求人は、第一引用例記載の方法は、反応混合物の流れに沿つて各触媒床の触媒量を次第に増加させることより各触媒床における接触時間をほぼ同じにすることを必須の要件とするに対し、本件特許発明においては、反応混合物の流れに沿つて各触媒床における接触時間を短かくするものであり、このようにすることにより目的物の収率の低下を防止しえた旨主張するけれども、本件特許明細書には反応混合物の流れに沿つて各触媒床における接触時間を短かくすることを示唆する記載は見出せない。結局、本件特許発明は、第二引用例記載のアルキル化芳香族炭化水素の脱水素の従来法に第一引用例記載の反応熱供給手段を単に適用したものにすぎず、その効果も当業者が容易に予測しうる範囲を出ないものと認められ、したがつて、本件特許発明は特許法第二九条第二項の規定に該当し、同条項の規定に違反して与えられたものであるから、同法第一二三条の規定により無効とすべきものである。

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